読書熊録

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リスナーに灯火をー読書感想「明るい夜に出かけて」(佐藤多佳子)

深夜ラジオを主軸に、真夜中を舞台に、かさぶたを撫でながら生きる若者を主人公にした、傑作の青春小説だった。佐藤多佳子さんの「明るい夜に出かけて」は、ラジオの生の言葉の感じを巧みに文体に織り込んで、ラジオが救いになる世界を立ち上げる。特にオールナイトニッポンリスナーは手にとってほしい。MCが日夜、心にかざしてくれるような、優しい灯火がここにある。出かけよう、明るい夜に。

 

 

明るい夜に出かけて

明るい夜に出かけて

 

 

生感、謎の距離感、ラジオブースの光

真夜中の金沢八景(神奈川県)。ここにあるコンビニで深夜バイトをしている、訳あって大学を1年限定で「逃亡中」の「俺(富山)」が主役になる。富山は筋金入りの深夜ラジオリスナーで、いまはアルコアンドピース(アルピ)のオールナイトニッポンを楽しみにしている。ちなみにこの番組は本当に放送されていたものだし、物語中に登場する他の番組も実在している。

 

深夜シフトのリーダーで、ネット上で「歌い手」活動をする鹿沢や、同じアルピファン、幼馴染なんかが次々と舞台に上がり、富山が望むと望まざるとにかかわらず、関わっていく。そして富沢が「逃亡」にいたった傷痕が少しずつ語られていき、それをどう癒すかが、物語のメインテーマになる。

 

佐藤さんの口語調の独特な文体は、ラジオの「生感」を感じさせられる。1ページ目からそうだ。

 鹿沢大介。ま、見た目は、信用からはほど遠いタイプよ。一七三、四センチくらいの細マッチョ、短い銀髪にシルバーのリングピアスのチャラ男で、面接時からこの外見だとすると、よく採用されたなって思うよ。俺より三つ年上の二十三歳。この店のキャリアは四年目。SNSのプロフィールには「歌い手」とある。(P5)

富山の目線で語られていくんだけど、ちゃんとただの独白に突っ走らないバランスもある。これって、ラジオみたい。誰でもないマイクに向かって、1人やコンビでしゃべっているけど、その向こうにはリスナーがいて。独り言のようで、実は誰かに向けられた言葉って感じ。

 

富山の傷については、富山自身から少しずつ聞いてほしいから、ここでは言及しない。でも、傷と深夜ラジオっていうのは、どこか親和性がある。もちろん人によって理由は様々だろうけど、深夜ラジオのリスナーの中には、眠れないから、1人で眠りたくないから、聴いてるんだって人は少なくないはず。

 

この小説にどれほど深夜ラジオ愛がこもってるかを、ばっちり滲ませている箇所がある。どこで出るかも楽しみにしてほしいので、ページ数は伏せて引用したい。

 金曜日にラジオを聴く時、窓のカーテンを開けておく。アパートの駐車場に面した真夜中の窓は、少しだけ明るい。

 イヤホンから耳に落ちてくる、平子と酒井の声は近い。同じ部屋にいるんじゃないかってくらい近い。この謎の距離感こそが、ラジオの生放送だ。テレビじゃ絶対にない。不特定多数のリスナーが聴いているのに、アルピーと俺と三人でいるみたいな錯覚。

 CMや曲の時、俺はよく窓を見る。少しだけ明るい窓を。アルピーの声は、そこから入ってくるってわけじゃないんだけど、窓の外は都市の闇で、その薄明るい闇を超えた先に、東京の有楽町のニッポン放送の建物に、明るいラジオのブースがある。(中略)

 

ラジオは本当に不思議だ。声だけ。声だけなのに、まるでその人がそばにいてくれるような、温もりがある。だから寂しい時、辛い時、一人じゃとても乗り越えられない苦境にある時、自分はスマホアプリのradikoを立ち上げる。そして富山みたいに、遠く夜空を見たくなる。その先に、まだ希望があるような、そんな気がするから。

 

リスナーにとって、「明るい夜に出かけて」を読んでいる時間は、深夜ラジオを聴いている時と同じくらい幸福な読書体験になると思う。そしてタイトルの「明るい夜に出かけて」の意味が分かった時に、もっともっと、ラジオを好きになれる。

 

今回紹介した本はこちらです。

明るい夜に出かけて

明るい夜に出かけて

 

 

ブログ主もラジオが好きすぎて、書いてしまった雑記はこちら。 

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