読書熊録

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生きていける―読書感想「未必のマクベス」(早瀬耕)

今週のお題「読書の秋」

 この物語を読んだことは、いつかきっと大切な思い出になる。早瀬耕さんの小説「未必のマクベス」はそう断言できるくらいの、極上の読書体験を届けてくれる。恋愛小説であり、犯罪小説であり。立ちこめる霧のように優しく幻想的な世界観を読み進めていく感覚は、本書の主題である「旅」のようだ。何かを失っても、旅は続く。その道は困難でも、生きていける。勇気をくれるストーリーだ。ハヤカワ文庫JA。

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

 

ぼくはマクベスになるのか?

 タイトルの通り、本書はシェイクスピアの四大悲劇の一つである「マクベス」を下敷きにしている。ただ、原作を知っている必要は全くない。丁寧に、違和感なく、物語中でそのあらすじや魅力は語ってくれる。自分もマクベスを読んだり、観劇したりしたことはなかったけど、「未必のマクベス」に没入できた。

 

 舞台は現代の香港。主人公「ぼく」、38歳のIT会社員・中井優一が語り手になる。同僚で親友の伴浩輔と一緒に、海外出張からの帰り道、トラブルから澳門(マカオ)に降り立った「ぼく」は、サービスを受ける代わりに食事を共にした娼婦から謎めいた「予言」を授かる。

 

 「あなたは、王になって、旅に出なくてはならない」

 

 このあと、「ぼく」は勤務先のIT会社から香港にある子会社の代表取締役、ある種の「王」として出向を命じられる―。ここから予期せぬ「犯罪」に巻き込まれ、「恋」も絡み合っていく。

 

 シェイクスピアの「マクベス」もまた、「王」の物語である。11世紀にスコットランド王であったマクベタット・マックフィンレックがモデル。主人公のマクベス将軍が魔女から「いずれは王になるお方」と「予言」を受け、主君ダンカン王を暗殺。王となったマクベスは罪の意識に苦しみながら、疑心暗鬼になった結果、戦友のバンクォー将軍をも殺害してしまう。その後、マクベス夫人は精神を病み、最終的にはマクベス王もかつての家臣に命を奪われる。

 

 本書のタイトルは「マクベス」ではなく「未必のマクベス」だ。未必は「必ずしもそうなるものではない」という意味である。また刑法では、「積極的にそうしようとは思ってなくても、そうなっても仕方ないとは思っていた」状態を指す。例えば喧嘩の流れで台所の包丁を相手に突き立ててしまった場合がそうなりうる。

 この物語はまさに「マクベスになるかもしれないし、必ずしもそうなるものでもない」という危うさの中で「どうなってしまうのか」が核心になる。

 

 くしくも「ぼく」の友人は伴浩輔、高校時代のあだ名は「バンコー」。また「ぼく」には由記子という恋人、つまり「マクベス夫人」になり得る人もいる。

 だとすれば、「王になる」予言を聞いた「ぼく」は、かりそめの王を殺害して王座を奪うのか?その後、戦友を手にかけるのか。そして夫人の心が壊れ、最後には自らの命も失うのか。この一部が、あるいは全てが実現して、「ぼく」はマクベスになるのか?そのスリルを楽しんでほしい。

 

積み木の間に漂う詩

 早瀬さんの文章は不思議な柔らかさと緻密がある。四大悲劇をベースにする壮大さがありながら、文章は積み木を重ねるように具体的に、手触りのある言葉が大切にされている。たとえば、「予言」を授かる食事のシーンが好きだ。

 五つの雲呑麺と、追加のマカオビールが運ばれてきて、ぼくたちは広東語と日本語と英語で、東京の雲呑には親指の先くらいしか具が入っていないことや、日本語では、蟹点心のことを「蟹の焼き売り」という意味の漢字を割り当てるとか、他愛のない会話をした。

 「お腹いっぱいになったら、気が変わった?」

 食事が片付くと、日本語を話す女の子が訊いてくる。まぁ、彼女たちも仕事だ。

 「悪いけれど、本当に興味がないんだ」

 「それなら、食事のお礼に、あなたの未来を教えてあげる」(p26)

 

 ちなみに、「ぼく」はラムをコーラで割った「キューバ・リブレ」が好きで、このコーラをダイエット・コークにしないと気が済まない。この辺のこだわりが具体的なのに、いやみのない人物造形が素敵だ。 

  一方で、時々どきっとするような詩的な言葉が入ってくる。香港で伴と「ぼく」がランチに出かけるシーン。

 中環にある池記の支店は、観光客で満席だったので、ぼくたちは、しばらく街をぶらついてから、目についた粥麺専家に入った。国慶節が終わると 、香港も急に秋らしくなる。街の季節というのは、地球の自転の傾きや、大陸や海流を渡る風が決めるものでなく、その街に住む人々の気持ちが変えていくものだと思う。東京であれば、銀杏の葉が黄金色に変わるから秋が訪れるのではなく、銀杏の樹を見上げる気持ちが、夏を秋に変えていくのだ。(p139)

 「銀杏の葉が黄金色に変わるから秋が訪れるのではなく、銀杏の樹を見上げる気持ちが、夏を秋に変えていくのだ」。つい口ずさみたくなる優しい言葉だ。この絶妙なバランスがとられた文章を、まるでゆったりとした船旅のように味わえるのが魅力だ。

 

物語を一緒に生きる

 素晴らしい本は知識ではなく、体験である。素敵な本に出会えた瞬間、その世界に自分も入っていくような感覚を味わうからこそ、読書はやめられない。

 「未必のマクベス」はそんな体験をくれる本であることは、帯に寄せられた惹起からも感じられるのではないか。紹介したい。

  • 読後、ただ立ち尽くした(三省堂書店・内田剛さん)
  • 「物語を一緒に生きる」という体験(紀伊国屋書店・竹田勇生さん)
  • 本の形をしたラブレター(都内女性店員)
  • 本書を読んで早川書房に転職しました。(早川書房営業部Oさん)

 Oさんの「本書を読んで早川書房に転職しました」のインパクトが凄すぎるけれども、自分は竹田さんの「物語を一緒に生きる」という言葉に深く頷いた。「未必のマクベス」に、読者の配役は振られてはいない。しかしながら、「劇を見せられている」のではなく「一緒に演じている」ような感覚がある。

 

 マクベスになるかもしれないし、ならないかもしれない「ぼく」が、いずれにせよ舞台から降りられないように、わたしたちもまた不安定な人生を演じ続けている。共に生きる中で、「ぼく」に力をもらうのだ。そうしたいとは思わないけど、そうなっても構わない。それぐらいの「未必の決意」を持って、人生を生き抜こうと。

 

 今回紹介した本はこちらです。

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 クールな文体に温かさも内包しているといえば、ノア・ホーリーさんの「晩夏の墜落」が浮かびました。本書が好きな方には楽しめる世界観だと思います。

www.dokushok.com

 

 人生を肯定してくれる優しさがあふれる作品として挙げたい秦建日子さんの「ザーッと降って、からりと晴れて」。こちらはさくっと読めますので、忙しい毎日を送っている方にはぜひ。

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