読書熊録

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12時間後に起こるかもしれないSF小説ー読書感想「ハロー・ワールド」(藤井太洋さん)

このSF小説に描かれている出来事は12時間後に実際に起きているかもしれない。藤井太洋さん「ハロー・ワールド」はそのぐらい、超近接未来を克明に語る。物語をつくる大道具は、ドローン配送や自動運転車、ツイッター、仮想通貨などなど。帯の惹句にあるように「近未来ガジェットノベル」というのもフィットする。

 

SF作品でありながら、実はサラリーマン小説なのも面白い。大道具は最新鋭なのに、主役は専門を持たない「何でも屋」のエンジニア。何気ない仕事やチャレンジの一局面に突然、テクノロジーと人間の衝突が降りかかる。開発中のアプリが政府の不正を暴いてしまったら、告発するのかスルーするのか?大きな問題が凝縮した小さな選択を迫られる小市民な主人公に共感するし、手に汗を握るし、何より、勇気をもらえる。講談社。

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【Amazon.co.jp限定】ハロー・ワールド(特典: オリジナルショートストーリー データ配信)

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未来はもう始まっている

「ハロー・ワールド」の世界はもう立ち現れつつある。未来はもう始まっている。SF小説といえば、はるか数百年後の未来を空想したり、現実からちょっと軸がずれたパラレルワールドに浸るのが醍醐味だけれど、本作は一味違う読書体験ができる。

 

たとえば表題作「ハロー・ワールド」のテーマは「広告ブロッカーアプリ」。ウェブ上に表示される特定の広告を非表示にして、インターネットのユーザー体験(UX)を改善するツールで、実際のアプリ市場にも既に存在する。主人公のエンジニア文椎(ふづい)は、エンジニア仲間2人とチームを組んでブロッカーアプリ「ブランケン」をローンチする。会社の通常業務とは違う「ものづくり」をやってみたいという、ちょっとした遊び心だった。

 

しかし、ブランケンが突然、ある地域でのみ爆発的にヒットする。それは東南アジアの島国。なぜ?A/Bテストなんかで検討してみると、どうやらブランケンによって政府広報が消せることが受けているらしい。でも、どうして政府広報を消したいのだろう。さらに調べていくと、文椎たちは政府の「ある不正」を掴んでしまう。

 

読者はいつのまにかスリリングな未来に迷い込む。一歩先の技術に触れる物語が少しだけ道を外れて、巨大な不正や大きな危険の一端に触れてしまう。

 

本書は連作短編集の形式になっていて、続く「行き先は特異点」「五色革命」でも同様の体験が待っている。技術について楽しんでいたはずが、人間の権利や、権力の横暴や、予期せぬ事故にはまっている。

 

倫理は突然問われる、小さく問われる

物語の主人公はよく巨大な問いに向かい合う。そして確固たる正義や価値観で巨大な正解を叩き出し、巨大な成功を成し遂げる。一方で「ハロー・ワールド」の主人公、エンジニアの文椎は共感も好感も持ってしまうぐらい、小さな人だ。

 

エンジニアといっても、突出したスキルがない。プログラミングは「できる」けれど、「めちゃめちゃできる」わけじゃない。ブランケンの製作では、チームを組むグーグル社のエンジニアの郭瀬(くるわぜ)に「ちゃんと動いていないよ。もしそのアプリを育てる気があるなら、手伝わせてくれないかな。グーグルの仲間は優秀すぎで、そういう失敗を見せてくれる人がいないんですよ」(p12)とダメ出しを受けている。

 

だからチームマネジメントもやる。セールスもやる。だけど英語が流暢というわけでもないから海外出張では苦労する。よくいえば「何でも屋」。ただようするに、一介のサラリーマンだ。それがいい。

 

そんな小市民が、突然、そして小さく倫理を問われるのところにリアリティがある。勇者が魔王と戦うように、重大局面は予定調和じゃないのが現実だと思う。なんならそれが重大局面なのか、事態が進行している最中は気づかない時すらある。

 

仲間と気軽に始めたブロンケンが政府の不正に行き着いてしまうというのもそうだ。そこで文椎は悩む。ちゃんとためらう。それがいい。郭瀬から、「公表すれば第二のエドワード・スノウデンになれる」と進言された時の、文椎。

 一度も行ったことのない、誰一人として知り合いのいない国に圧力をかける?

 いつの間にか、僕は握った自分の拳を見つめていた。

 顔を上げると、郭瀬が僕を見つめていた。(p31)

高揚じゃない。そこにあるのは荷の重さと、ためらいだった。告発するのか沈黙するのか、悩み抜いて文椎はあるアクションをとるのだけれど、ためらった末に「何もしない」を選ばないところも、また胸を打たれる。

 

技術も未来も諦めない

 そう、文椎は最終的に諦めない。テクノロジーを愛するギークだけれど、現実に起こった問題へコミットすることにも関心がある。人間臭い一面がある。

 

最後に収録されている「めぐみの雨が降る」では、文椎を脅かすある男からこんな風に評される。ある男は、文椎を自分たちの計画に巻き込みたいというのだけれど、その時の問答だ。

 「いいえ。文椎さんは適任者ですよ」

 「弱虫だから?」

 「違います。人と繋がることを諦めていないからですよ。繋がりを断ち切って逃げ続けた〈ウィキリークス〉の創始者を見ればわかるでしょう。一人になった彼がやっていることは、ロシアの傀儡メディアになって西側を叩くことだけです」(p233)

文椎は自分を「弱虫」だと思っている。しかし相手から見ると「人と繋がることを諦めていない」ように見える。ここにポイントがあるように思う。人と繋がること諦めず、じたばたする限り、人はどうしても弱いんだろう。弱いからこそ人間なんだろう。

 

テクノロジーの本来はこの人間性から独立している。ブランケンは政府の不正があろうがなかろうが機能し、セールされ、売り上げを生み出す。

 

だからテクノロジーは人間を抑圧する方向にも駆動するし、それを嫌悪するのならテクノロジーを遠ざけるという選択もありうる。テクノロジーを諦めることだ。反対にテクノロジーだけを追求した時に、そこに人への繋がりがないんだったら、どこまでもよくわからない方向へ転がってしまいうる。

 

「ハロー・ワールド」はその両極に与しない。そのための道を探る物語だと思う。作家の宮内悠介さんは帯の一言書評でまさにそのことを指摘している。「藤井太洋は諦めない。技術(テクノロジー)も、そして未来も」

 

ある意味でこのSF小説はビジネス書なのかもしれない。テクノロジーと未来の結節点に立ち、その行く末を左右する小さな判断を迫られるのは、私たち一人一人かもしれないから。

 

今回紹介した本は、こちらです。

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近未来とは反対に「遠未来」を考えるなら、落合陽一さんの「デジタルネイチャー」をお薦めします。コンピュータがもっともっとシームレスに、自然に溶け込むような社会で人間はどう暮らしているだろう。脳を刺激します。

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世界が分岐して「あったはずの世界」を垣間見られるのはSF小説ならではの楽しみだと思います。カンボジアを舞台に、ポルポト政権の悲劇を題材に、ビビットなパラレル世界を見せてくれるのが「ゲームの王国」です。

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